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2015年5月26日火曜日

「警部補マルコム・フォックス」シリーズの第2作「偽りの果実」




スコットランドの警察小説の第一人者、イアン・ランキンの「警部補マルコム・フォックス」シリーズの第2作「偽りの果実」。第1作の「監視対象」にイマイチ乗れなかったのでどうしようかと思っていたけど、フォックスが登場する「リーバス警部」シリーズの「他人の墓の中に立ち」がすごく良かったので、やはり読んでみることにw

「他人の……」が12年、「偽りの果実」はその1年前の作品です。今度のは文句なく面白かった。

フォックスは、警察官の腐敗を摘発する監察室所属の警部補。警察官の職権を濫用して女性に性的関係を迫ろうとした不良警官の調査をするうちに、25年前に不審な死を遂げた民族主義活動家との関連が浮上する。その謎を追求していくうちに、警察組織、司法組織の中枢を直撃する複雑な大事件が明るみになってゆく……というスケールの大きなな物語でした。

本線と別に、フォックスと認知症を患った父親、前作で恋人を殺害された妹とのこじれた関係がからんできて厚みのある小説になっています。

ランキンの小説の魅力はは、後半、謎が解明されるときの素晴らしい加速感、ドライブ感。文庫で700ページほどあるこの作品も500ページを越えたあたりから、一気に盛り上がっていきますw

フォックスは、リーバス違って規則は絶対に曲げないし、チームを大切にする。アルコール依存症の過去を持つけど、今は完全に酒を絶っている。一見、正反対に見えるけど、悪を憎み、徹底的に追求するところは同じです。次作の「Saints of the Shadow Bible」では、再びリーバスとフォックスが「共演」するそうなので、この2人の関係がどうなるかも楽しみです。

スコットランドといえば、昨年9月に否決された独立を問う住民投票や先日の総選挙でスコットランド民族党(SNP)がスコットランドの議席の大半を獲得したこと、などが記憶に新しいですが、4年前に書かれたこの小説にも、独立に向かって熱くなっていくスコットランドの雰囲気が反映されてて、興味深かった。

物語とは関係ないけど、途中でフォックスが、フィッシュ&チップスとハギスを食べるシーンが出てきます。ハギスは、けっこうクセのある羊の内臓のソーセージだそうで、以前から食べたいと思っていました。「マッサン」でもエリーが作っていたw

東京にもハギスを出すビアレストランがあるみたいだから、近いうちに、食べてみよう。


情報ソース
http://goo.gl/rSjr07

2015年5月22日金曜日

リーバス復活! 「他人の墓の中に立ち」(イアン・ランキン)




スコットランドを代表する警察小説、イアン・ランキンのリーバス警部シリーズ。その最新作「他人の墓の中に立ち」が先月、早川のポケミスから出ました。最終作とみられていた「最後の音楽」から約5年。うれしいシリーズ再開です。

このシリーズは相変わらず、読み応えがある。二段組み、470ページと結構なボリュームだけど、深夜1時まで起きて、一気に読んでしまった。おかげで寝不足だよw

定年退職したリーバスは、未解決事件を扱うセクションで補助捜査員になっていました。そこに持ち込まれた過去の失踪事件が、最新の事件に結びつき……かつての部下だった女性警部シボーンがいる部署を補助するという形で、事件解決に挑みます。

元警部という立場上、リーバスの発言力は極めて弱く、上司に対する態度も昔に比べるとうんと温厚w老いも加わって、リーバスには以前にはなかった哀愁が漂います。
でも、犯罪解決の情熱は今も変わらず。ちょっと掟破りの事件の解決には、思わず「おお!」と声が出ました。

ただ今回は、犯人のキャラクター造形がちょっと淡白すぎかも。唯一の不満点でした。

シボーンとの絶妙な会話、宿敵であるギャングの大物カファティとの微妙な関係、さらにランキンの新シリーズの主人公で内部監査部門のマルコム・フォックス警部補との対立関係などが物語を味わい深くしています。

そして忘れてはならないのが、このシリーズでこれでもかと出てくる古いブリティッシュロックのネタw 今回は、ジョン・レンボーン、バート・ヤンシュ、2人がいたペンタングル、ウィッシュボーン・アッシュなど渋いフォーク・ロック系が出てきます。

小説はイアン・ランキンと親交のあったスコットランドのフォークシンガー、故ジャッキー・レヴィンに捧げられています。レヴィンの「Standing in another man's rain」という歌詞をリーバスが「Standing in another man's grave」と聞き違えてしまうエピソードが小説のタイトルにもなっている。

そしてこの聞き違いが、物語全体のメタファーになっているのですが、これがまた渋い!

マルコム・フォックスのシリーズが新潮文庫から出ているので、早川はもうイアン・ランキンに見切りをつけたんだな、と残念に思っていました。それだけに早川でのリーバス復活は、本当にうれしかった。

情報ソース
http://goo.gl/mb0tfW

2013年10月12日土曜日

ダイヤモンド警視シリーズの第10弾「Skeleton Hill」



ピーター・ラヴゼイのダイヤモンド警視シリーズの第10弾「Skeleton Hill」。4年前に出版されているのに、いっこうに翻訳が出る気配がないので、ペーパーバックを取り寄せて読みました。

今回はバース郊外のランズダウンの丘で発見された首なしの白骨遺体と、その近くで撲殺されたホームレスを巡るミステリーです。

ランズダウンの丘は清教徒革命中のイングランド内戦で議会派と王党派が激突した戦場で、発見された首なし遺体は、その時の犠牲者ではないかと思われていたのですが、実はほんの20年前のものであることが判明し、ダイヤモンドたちの捜査が始ります。

無関係に見える複数の事件の隠れた関連性を浮かび上がらせて犯人を特定するのはこのシリーズの特徴ですが、今回も真相は実に意外なものでした。

白骨遺体の身元やホームレスの意外な正体などを割り出していく地道なプロセスでは警察小説の醍醐味をたっぷり味わえるし、最期に事件の意外な真相を明らかにするダイヤモンドの推理は実に鮮やか。ラヴゼイの熟練の手腕に思わず拍手喝采です。

ダイヤモンド警視は最初の頃と違って、上層部と衝突することもなく、ふたつの事件の合同捜査部を見事に指揮します。苦手なハイテク機器も何とか使いこなしているw

ジャーナリストから殺人捜査課の刑事に転職したインゲは立派な戦力に成長。警視とはまるで父娘のような雰囲気にすらなっている。前作「処刑人の秘めごと」で登場した新恋人との関係も順調です。

それにしても早川書房はダイヤモンド警視シリーズに見切りをつけちゃったんだろうか。こんなに面白いのになぁ。売れないのかなぁ……

2013年10月8日火曜日

HHhH (プラハ、1942年)

ローラン・ビネの1942年、プラハで起きたナチスのハイドリヒ暗殺を題材にした小説(?)。

ラインハルト・ハイドリヒは、1942年当時、親衛隊のナンバー2で、SDとゲシュタポと刑事警察局を統合した国家保安本部(RSHA)の長官。つまりドイツ国内とその占領地における人々の生殺与奪権を持っていた人物だった。

ユダヤ人絶滅計画の責任者であり、ポーランドやソ連でユダヤ人を大量虐殺した殺戮部隊、アインザッツグルッペン(特別行動隊)の組織者でもある。ハイドリヒは、ベーメン・メーレン保護領副総督としてチェコを支配し、徹底的な弾圧と処刑で《プラハの虐殺者》《金髪の野獣》などと呼ばれていた。

そのハイドリヒを英国のチェコスロバキア亡命軍から選抜されたヨーゼフ・ガブチークとヤン・クビシュがパラシュート降下でチェコに潜入し、1942年5月27日、プラハでハイドリヒを暗殺する。

この《エンスラポイド(類人猿)作戦》とその後のナチスによる壮絶な報復を、ハイドリヒが親衛隊のナンバー2に上り詰める過程、ガブチークとクビシュの生い立ちなどを絡めながら描いているのですが、この小説の特色は、それを書く作者の物語も織り込んでいること。

徹底的に事実にこだわり、絶えず自問する作者の思考や心の動きを、歴史的事実の記述と並列する、一種のメタフィクション(メタノンフィクション?)として構成されている。

書評を読むと、このアプローチは高い評価を得ているみたいですが、私はあまり良いと思わなかった。

過去の事実を再現しようとすると、不明な部分はどうしても書き手が想像で補うしかないのですが、この作者はそれを病的に嫌悪している。

しかし所詮、歴史的「真実」を再現するのは不可能です。限りなく「真実の近似値」に近づくことができるだけ。

その微差に拘泥する作者の方法論の意義は、ナチスという思想とシステムがもたらした人類史上まれに見る悪、ハイドリヒが犯した悪魔的な犯罪行為、民衆が受けた想像を絶する苦痛、そしてハイドリヒを暗殺したパラシュート部隊員やそれを支援した人々の勇気などと比較すると、アンバランスなまでに軽い。空疎な知的ゲームに思えてしまう。

歴史的な事件は、そのディテールとしての事実が重要なのはもちろんだが、それ以上に、なぜそのようなことが起きたのか、そしてその事実から私たちが学べるアクチュアルな、現在的な意味はなにか、ということの方が、はるかに重要だと思う。

この小説、ハイドリヒやエンスラポイド作戦についてあまり知らない人には衝撃的かもしれません。

ちなみに「HHhH」とはHimmlers Hirn hei't Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリッヒと呼ばれる)の略だそうです。

2013年9月5日木曜日

「特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ 米軍兵士が見た沖縄特攻戦の真実」



以前から気になっていたマクスウェル・ケネディの「特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ 米軍兵士が見た沖縄特攻戦の真実」を読み、心を動かされました。

沖縄海域で繰り広げられた史上最大の自爆攻撃作戦「菊水作戦」が熾烈を極めた1945年5月11日、米第58任務部隊の旗艦、空母「バンカーヒル」に、特攻隊の爆装零戦2機が突入に成功しました。この本は、その戦闘を中心に「特攻」の真実に肉薄した渾身のドキュメントです。

作者はロバート・ケネディの息子、JFKの甥。生き残った人々に行った膨大なインタビューを元に、米側の資料はもちろん、日本の資料も徹底的に調査して書かれています。

戦争に至る日米の利害の対立構図が明快に説明され、日本がパイロットの命を使い捨てにする特攻作戦に全面的に頼るようになるプロセスを詳述し、日本の文化的側面から考察しています。

突入に成功した安則盛三中尉と小川清少尉は、それぞれ旅順師範学校卒、早稲田の政経卒のいわゆる学徒兵です。こうした文系の学生が、なぜ特攻隊のパイロットにならざるを得なかったか?特に小川少尉に関しては、遺族や戦友に徹底的取材して、その過程を浮き彫りにしています。

一方、攻撃を受けたバンカーヒルは、太平洋戦争の中~後期にかけて米高速空母機動部隊の中核となったエセックス級空母です。その設計、メカニズム、武装から運用法、組織系統まで詳しく書かれていて、この方面の知識がほとんどなかったので非常に興味深かったです。

2機の零戦と500キロ爆弾による攻撃を受けたバンカーヒルは沈没こそ免れたものの大破し、戦死者346名、行方不明43名、負傷者264名の犠牲を出します。著者はその地獄のような惨状と、乗員たちの運命、消火・救助活動など約を200ページにわたって克明に再構成しています。本書の白眉でしょう。

消火活動や一酸化中毒などでバタバタと仲間が死んでゆく中で空母を動かした機関室の人々の英雄的行為を描く一方で、どさくさに紛れて盗みを行う兵士の姿なども中立的な視点で描いています。

全部で670ページの大著ですが、読みやすい翻訳で、あっという間に読めてしまいます。

プロローグで、ケネディはこの労作を書いた動機をこう書いています。少し長いけど引用。

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 あの日、バンカーヒルの上で、日本とアメリカの文化が衝突した。生きようという意志を消し去るほどの文化の力というのは、当時も今も変わらずアメリカ人には理解しがたい。
 あれほど大勢の若者たちが、達成することが必然的に自らの死を意味する任務のために何カ月も訓練をするなんて!しかも彼らには、まもなく日本が戦争に負けるということが分かっていたというのに!
 アメリカが対テロ世界戦争の行く先を模索し、世界じゅうで自爆攻撃が行われているという事実と向き合おうとしている今こそ、私たちは、「生きよう」という人間の基本的欲求に打ち克つほどの文化の力というものを理解しなければならない」
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ケネディは1965年生まれで、ほぼ私と同世代です。日米のどちらにも偏ることなく、「特攻」とは、そして太平洋戦争とは何だったのかを戦争とは直接関係のないアメリカ人のケネディがここまで深く追求したことは賞賛に値すると思います。

特攻で死ななければならなかった日本の若者たちと、攻撃を受けて死んでいった米兵たちへの鎮魂になっているとともに、現代的な意義も持った労作でした。

特攻は、逃げ場のない状況に追い込まれた若者が、家族や祖国を守ろうとして行った究極の自己犠牲だったと思います。それは死ぬことがわかっていながらバンカーヒルの機関を動かし続けた乗員の自己犠牲とも共通するものがあります。

戦争や特攻を賛美するつもりはないけれども、こうした自己犠牲はいつの時代でも尊いものだと思うし、敬意と感謝の念を押さえることができません。

ケネディはこうした自己犠牲を表現した「橋の上のホラティウス」という詩の一部を引用しています。チャーチルが愛した詩だそうです。

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橋の上のホラティウス

そして門の指導者、
勇敢なホラティウスは言った。
「地上の人間にはすべからく
遅かれ早かれ死が訪れる。

ならば父祖たちの遺灰のために
神々の神殿のために、

かつて彼をあやしてくれた
優しい母親のために、
彼の子に乳をやる妻のために、
永遠の炎を燃やし続ける
清き乙女たちのために、
彼らを
恥ずべき悪党セクストゥスから
守って
強敵に立ち向かう

これに勝る死に方があるだろうか。

あなたにできる限りの早さで
橋を落としてくれ、
執政官どの。

私はあと二人の仲間とともに
ここで敵と対峙する。
あなたの路へと続く一千の敵は
この三人によって
食い止められよう。

今こそ、私の傍らで手を取り
共に橋を守るのは誰だ?」

2013年8月21日水曜日

シャーロック・ホームズ再読

ここ2カ月ほどぽつぽつとシャーロック・ホームズを読んでいました。子供の頃に半分くらい読んでいたのですが、今回は発表順に短編56作長編4作をじっくり再読しました。

やっぱりホームズは良いなぁ。

事件の推理やトリックはさすがに古かったり、そりゃあないだろう、というものも多少あるけど、ホームズ物の素晴らしさは、シャーロック・ホームズ、それに狂言回しのジョン・ワトソンの人物的な魅力によるところが大きい。

子供の頃は気にとめなかったけど、ホームズって、あまり犯人を警察に突き出さないんですよね。あくまで自分の内的なモラルに従い、それに照らして、許すべきものは許す。その善悪の基準が非常に高潔で、騎士道精神に則っている。

かなり問題のある変人だけど、真の意味で男らしいし、ジェントルマンです。日本でホームズの人気が高いのは、ホームズの犯人や関係者に対する細やかな心配りが、日本人の感情にフィットしているからじゃないかな。

今回、読んで良いと思ったのは以前、好きだった「まだらのひも」や「ソア橋」などトリックが鮮やかな作品ではなく、ホームズやワトソンの魅力がよく出ている作品でした。

というわけで(?)、個人的ホームズのベスト5をw

1 「ボヘミア王家の艶聞」
短編集「冒険」の第1作で、ボヘミア国王の愛人アイリーン・アドラーが隠し持っている、国王との写真を巡るアドラー対ホームズの知能戦。ホームズ、負けちゃうんですよね。その負けっぷりがしびれるw
鮎川信夫も指摘してたけど、シリーズの第1作を失敗談で始めるなんて趣味が良いとしか言いようがない。シリーズもの唯一のヒロインも魅力的。

2 「覆面の下宿人」
「事件簿」に入っている作品。ライオンに顔を食いちぎられたサーカスの元女曲芸師の告白。子供のころ、彼女に対するホームズの思いやりを読んで「なんてかっこいいんだ!」と感激したけど、50歳を超えた今でも全く同じ感想を持ちました。……進歩がないだけか?www

3 「黄色い顔」
「回想」に収録されている作品で、ホームズの推理が外れる数少ない失敗談(?)。真相は泣かせる内容で、ホームズが推理が外れたことを恥じ入るエンディングがまた最高!

4 「恐喝業者ミルバートン」
「帰還」収録。ホームズとワトソンの友情がグッと来る作品は「ガリデブが3人」が有名だけど、こちらもなかなか。打つ手がなくなり、恐喝王の邸宅に不法侵入しようとするホームズに友情と騎士道精神から決然と同意するワトソンがかっこいいw
意外な結末も言うことなし。

5 「三人の学生」
これも「帰還」。犯罪でもなんでもないカンニング事件。魔が差した学生に対するホームズのやり方はまさに「花も実もある粋な計らい」。

番外「青い紅玉」
「冒険」収録のクリスマス物語。クリスマスの寛容と博愛の精神が良い感じに出ている。ガチョウの内臓から青いガーネットが出てくる、という描写が個人的なフェチを直撃w

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ちなみに翻訳は「事件簿」が深町眞理子、「恐怖の谷」が阿部知二、それ以外は詩人・鮎川信夫で読みました。鮎川さんの翻訳は、不自然なところが全くない素晴らしいものです。

人間性に対する深い洞察、アングロサクソン的な冷徹な分析力、それに細やかな心配り……鮎川さんとホームズはどこか似ているところがあった。ホームズのセリフに鮎川さんの声が聞こえるように感じるのはファンの錯覚か。

翻訳権の関係で、「事件簿」「恐怖の谷」の訳がないのが返す返すも残念。ドイル没後60年の1990年には著作権が切れるのは分かってたんだから、前もって翻訳を依頼することはできなかったのか、などと恨めしく思ったりもしますが、86年に鮎川さんが急死するなんて神様でもなければ予見できないことだったからなぁ……。

鮎川訳は「冒険」「回想」「帰還」「最後の挨拶」の短編集、「緋色の研究」「四つの署名」「バスカビル家の犬」の長編を1冊にまとめた「シャーロック・ホームズ大全」なら、今でも中古本がアマゾンなどで手ごろな価格で手に入ります。

2013年4月13日土曜日

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 読後感


村上春樹はさらに成熟を深め、深くて複雑な味わいのある物語を書くようになった……話題の新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んでそう感じました。

仕事帰りの電車の中で読み始めたんだけど、あっという間に物語の中に引き込まれ、そのまま、千代田線を往復して一気読みしてしまった。

奇妙なタイトルだけど、読み終わるとどんぴしゃりなのに驚きます。

二十歳の時に、完璧に調和の取れた5人組から、全く理由も告げられずに絶交された主人公・多崎つくるは心に深い傷を負います。16年後に、昔の仲間を尋ね、その理由を明らかにして、自分を再生させる旅に出る……というのが、大まかな物語の枠組み。

単純な筋だけど、メタフォリカルなエピソードが複雑に共鳴し合ってディープな物語になっています。所々にちりばめられた村上春樹の人生に対する洞察も光っています。

村上春樹は、「悪」を象徴的に描くのが抜群に上手い作家だけど、今度の作品にも「悪霊」が出てきます。友人の父親が語るあるピアニストと悪魔の契約の話、友人だった女性の心に巣食った悪霊。

そしてハルキストにはお馴染みの、「ダンス・ダンス・ダンス」で五反田君がキキを絞殺したエピソードや「少年カフカ」が父親のジョニー・ウォーカーを殺害したエピソードの変奏曲がさらに深みを持って語られます。

何か決定的に心を損なわれたことがある人、心に自分を破滅させる「悪霊」がいると感じている人は、多崎つくるの再生の物語に何らかの希望を感じて、心を動かされるんじゃないかな……。